戦略からストーリーへ /清水多津雄

戦略は経営にとって不可欠だというのは言うまでもないことでしょう。では、戦略とは何なのかということになると、なかなか難しい。たとえば、目標を明確に定め、目的合理的に方策を立て、競争優位を維持しながら、その目標を確実に達成していくといった感じでしょうか。競合に打ち勝って目標を達成するための合理的な手段の全体というわけです。

ですが、いまこの合理的な目標達成および手段立案が難しくなってきているように思います。市場が安定していれば、状況の分析もしやすく、目標も立案できるでしょうし、根拠のある手段も導き出せるでしょう。しかし、いまその市場の安定性が崩れてきて先が見えなくなってきていまず。そんな状況においては根拠のある分析がなかなかできず、目標も立てづらく、手段も合理的には導き出せません。とすれば、戦略といっても実は合理性のないものになっているといったこともあるのではないかと思うのです。

いまや市場はどんどん変わっていきます。そうした状況においては、企業も新しい市場価値を生み出していかなければなりません。しかし、新しいものはその新しさゆえに前例が乏しく、成功するかどうかわかりません。つまり、やってみなければわからないわけです。できるだけ成功可能性を高める努力はするとしても、成功すると言える明確な根拠はないわけです。根拠なき目標ということで、これでは根拠ある手段も出てきません。つまり、実は本来の意味での戦略が成り立たないのです。

経営者としては、できる限りリスクを低減するとしても、「チャレンジする」という基本的なリスクは取らねばなりません。そのとき従業員にどう語るのか? 合理的な戦略は実は成り立っていない。とすれば何を語ればいいのか? 「チャレンジ」においてこそベクトルを合わせ、従業員を動機付け、エネルギーを結集しなければならないのに、どうすればいいのか?

そこで重要になってくるのが、ストーリーなんだと思います。戦略と何が違うのか? 一言で言えば、目標が市場分析などの合理的根拠も基づくのではなく、価値に基づくという点でしょう。「消費者や社会にとって大きな価値がある。人々の幸福やよろこびに貢献できる。だから何としてもやりたいし、またやるべきだ。」こういう価値がすべての起点になるのではないでしょうか。確実に達成できる数字的な根拠はないが、挑戦する価値はある。そこに従業員が共感し動機づけられ、内発的に動き始める。それならば、こうした方がいいのではないか、ああした方がいいのではないかと参画し始め、かくして価値実現を目指した一連のなすべき行動が見えてくるわけです。ストーリーとはこうして生まれてくる価値実現を目指す一連の行動の全体なのです。先の見えない市場であえて挑戦をするときは、戦略ではなく、ストーリーを語ることこそが、共感を通して従業員を同じベクトルへと一体化していくことになるのではないでしょうか。

もちろん、経営の各局面でこれからも戦略は必要でしょう。しかし、その根底にはこうした経営ストーリーが不可欠ではないかと思います。

 


■執筆者プロフィール

清水 多津雄

 CPC創発経営研究所 代表
 ITコーディネータ
 ITコーディネータ京都副理事長 事務局長
2018年にCPC創発経営研究所を創業。新たな価値を生み出さなければ、企業の未来はないという考え方のもと、「創発」を企業経営の中心に据えた「創発経営®」を研究・実践している。特に既存事業を大切にした中小企業の手の届く「イノベーション」を目指すとともに、デザイン思考やビジネスモデルキャンパス、カスタマージャーニーマップ等の手法をかみ砕き、誰もが実行できるセッション手法を展開している。