なぜジョブ型雇用なのか? /清水多津雄


最近、メンバーシップ型雇用からジョブ型雇用へ、といったことがよく言われます。一体、何のことでしょうか? たぶん、これは日本において、働き方が根本から変わってきたということと関係があるのではないかと思います。

1960年代から80年代ぐらいまでは、いい学校を出て、いい会社に入れば、後は定年まで勤めあげて、その後年金で悠々自適というレールが存在していました(本当に存在していたかは疑わしいですが、そう言われていました)。この時代は学校を出て就職(実態は就社)して、会社のメンバーになりさえすれば、あとはその中で収入と将来が「保証」されました。会社の「メンバー」になることが何より重要で、何をするかは、なった後に決まります。ジョブローテーションが行われ、何年かに1回(あるいは不定期に)転勤や異動があり、いくつかの職種を経験し、その間に社内人脈を作り、会社の業務に精通し、上位職になっていくわけです。仕事はこの社内人脈と会社の業務知識を前提とするため、転職や起業など、外部の人材市場で通用するスキルはなかなか磨けないものの、ともかくメンバーであることにより将来が「保証」されたのです。

かりに、こうした働き方をメンバーシップ型と呼ぶとすると、では、ジョブ型とはどのような働き方を指しているのでしょうか。その名の通り、「メンバー」ではなく「ジョブ」が中心になる、とまずはそう理解していいのでしょう。つまり、「仕事」「職種」「専門」といったことが、働くことの中心に据えられると理解できます。さらにメンバーシップ型からジョブ型と言われるわけですから、「メンバー」であることを何ほどか否定して「ジョブ」を優先するという意味があると思われます。とすると、メンバーであればそれでよいというわけではなく、さらに、たとえば「マーケティング」とか、「労務管理」とか、「ITマネジメント」とか、明確な「ジョブ」(専門スキル)をもって会社に貢献するというイメージになると思われます。

もちろん、こう言い切ってしまうと、ジョブ型雇用の範囲を狭くとらえすぎではあるでしょう。基本的にはジョブディスクリプションがあって、ジョブ内容が明確に定義されていれば、特に専門性が高くなくてもジョブ型雇用になります。専門スキルは必ずしもジョブ型雇用の必須事項ではないとも言えます。

ですが、ここで考えておきたいことは、仕事というものに関して起こった根本的な変化についてなのです。「メンバー」として会社に帰属するということは、以前ほど安全ではありません。東京大学の本田教授は正社員を「中核的社員」と「周辺的社員」に分けています。従来、正規雇用と非正規雇用の格差だけが注目されてきましたが、実は正規雇用内部にも大きな格差があって、それを「中核的社員」と「周辺的社員」と呼んでいるわけです。「中核的社員」になれればいいが、「周辺的社員」だと必ずしも会社の「メンバー」としての恩恵を十分に受けられないのです。

さらに、60歳以降の人生を考えると、悠々自適は遠い過去のことで、今では65歳、70歳まで大幅な賃金カットの中で働くことを余儀なくされます。「周辺的社員」なら蓄えも十分ではなく(そう言えば老後2,000万円問題というのがありましたね)、年金もマクロ経済スライドで減額される可能性があり、会社や国に依存していても、人生の展望は開けてこないわけです。

とすれば、労働市場で高く「売れる」スキルを身に付け、自らの力で自分の人生を創っていかねばなりません。そのスキルも、変化の激しい時代、1回身に付けたらそれで終わりではなく、何度も更新していかなければなりません。リンダ・グラットンの「LIFE SHIFT」(最近、「LIFE SHIFT2」が出ましたが)が言わんとすることも、乱暴な言い方をすれば、人生で何度か自分のスキルを入れ替えていなければならない、ということに尽きるでしょう。

ジョブ型雇用は確かにジョブディスクリプションを作成して、それに則った範囲で業務を行い、また評価することに違いありません。地域限定社員という雇用形態がありますが、それと同様、いわば「職務限定社員」なわけです。ですが、私たちが、ジョブ型雇用という言葉から連想すべきことは、むしろ、1人1人の働き方の問題、もっと言えば、生き方の問題ではないでしょうか。

この社会で職業人としてどう生きていくべきかということが根底から変質してしまった。なので、各人が本気になって自分の働き方を変えていかなければ生き残っていけない。そんな時代になっているわけです。

「イカゲーム」というドラマが全世界的にヒットしましたが、これは極端な生き残りのための闘い、サバイバルゲームを描いていました。もちろん、こんな極端なことはないにしても、それでも何か「生き残り」とでも言うべき次元が、ジョブ型という言葉から感じ取れるのではないか、そんなふうに思うのです。

 


■執筆者プロフィール

清水 多津雄

 CPC創発経営研究所 代表
 ITコーディネータ
 ITコーディネータ京都副理事長 事務局長
2018年にCPC創発経営研究所を創業。新たな価値を生み出さなければ、企業の未来はないという考え方のもと、「創発」を企業経営の中心に据えた「創発経営®」を研究・実践している。特に既存事業を大切にした中小企業の手の届く「イノベーション」を目指すとともに、デザイン思考やビジネスモデルキャンパス、カスタマージャーニーマップ等の手法をかみ砕き、誰もが実行できるセッション手法を展開している。