あらためて、DXとIT化は何が違うのか?/ 清水 多津雄

 ITという言葉が一般に使われ出したのは、Windows95が出たあたりからでしょうか。とすれば、25年ぐらいたちます。そしていまDXという言葉が使われているわけですが、これはどう理解すればいいでしょうか。IT化が十分に進んだから次は新たなDXという段階が始まったということなのでしょうか。e-ジャパン構想でIT国家戦略が立てられたのが2000年。ところが今回のコロナ禍でPCR検査の集計にFAXを使っていることが露呈するなど、デジタル敗戦とまで言われています。とすれば、IT化が十分に進んだからDXになったのではなさそうです。

では、DXとIT化はどう違うのか。可能性としては2つ。1つは、両者は全く同じ意味で、名前が変わっただけ。もう1つは、全く別の意味で、IT化には全く含まれていなかったことが、DXで始まっている。もちろん、両者の中間に、あいまいなさまざまな意味があり得ますが、事態を明確にするために両極端で考えてみましょう。

そもそもITという言葉が使われる前は「電算」と言っていたのですから、電算→IT→DXと呼び名が変わっても問題ないでしょう。DXと言ったからと言って何か新しいことがあるわけではない。連綿とやってきた同じことの呼び名を変えているだけだ。そういう考え方があり得ます。しかし、100%そう考えている人がどれだけいるでしょうか。完全に同じと正面から言い切られれば、やっぱり違うんじゃないかと思うのではないでしょうか。では、どう違うのかと問われると、やっぱり、何となくモヤモヤしているというのが実情ではないでしょうか。やはり、「IT」に携わる者としては、ここは明確にしておかねばならないのではないかと思います。

わたしも、共通のベースはあるものの、一定の視点から、DXとITを明確に区別した方がいいと考えています。もちろん、いろんな意見があって決定版はなさそうですが、以下私見を述べたいと思います。

わたしの経験では、Windows95以降、IT化の中心は、それまで汎用機やオフコンでは手が回らなかった業務をシステム化することにあったと思います。当時、ダウンサイジングやマルチベンダーと言われ、PCサーバーを中心に比較的安価に業務システムを再構築することが可能となったからです。(「電算」時代の汎用機やオフコンの技術者から見ればPCはおもちゃ同然でした)。業務システムを構築するときの要は業務の標準化でした。業務の仕方が定まっていないのに、システム化することはできない。たとえば店舗で使うシステムを設計するときに、各店舗で業務の仕方が異なれば設計しようがない。だから全店舗で同じ業務プロセスに標準化することが不可欠でした。この意味でIT化の本質は標準化であり、変わらないことであり、恒常的であることでした。給与計算も、請求書発行も、CRMも、中身のデータはさまざまに変わっても、業務の仕方は一義的に定義されてたわけです。

そのため、IT化においては処理プロセスが何より重要になります。販売管理システムで請求金額を計算するとき、複雑な商品構成であったとしても正確に誤りなく計算処理をしなければなりませません。そのプロセスが確実に定義され、一義的にアルゴリズム化されなければならない。業務実態に合った恒常的な処理プロセスの設計こそがIT化の要なのです。

ところが、ビジネスの世界は「変化」が主流になってきました。アマゾンは2000年代にリコメンド機能を開発し、2010年初頭から導入しました。一人一人の顧客によって欲しいものが変わるからです。顧客による購買可能性を高めるためにはその顧客が欲しがるものをリコメンドする(画面上でお勧めする)必要があります。が、欲しいものは当然顧客によって変わります。100人いたら100通りあるかもしれません。しかも、顧客が購買するごとにさらにさまざまなパターンが出てくる。この刻々の変化に次々と対応しなければならない。同様の機能を採用してるのがNetflixです。Netflixで表示される映画やドラマのサムネイルは人によって全く別物になっているはずです。1000人いたら1000通りの画面を次々に変えて表示している。いまやスマホで見ている画面は、全く同じアプリを見ていても、全然違う画面であることはそんなに珍しいことではありません。

この刻々と変化する機能にとっても、安定した恒常的な処理プロセスが重要なことは大前提です。が、それ以上に重要なのは刻々の変化であり、それを捉えたデータです。顧客が欲しがるものをリコメンドしようとしたら、顧客の好みがわからなければならない。好みを知るためには、顧客の購買履歴や操作履歴のデータが不可欠である。このデータを用いて確率計算することによってはじめてお勧めができるわけです。

かくしてこうなります。IT化の本質は変わらないこと、恒常的なことで、それゆえ処理プロセスに重点がある。それに対し、DXの本質は変わること、変動的なことで、それゆえデータに重点がある。

つまり、変わらず正確に確実に処理することから、たえず変化する環境に対応すること(変化を創り出すこと)へと、デジタルの世界が大きく変貌したわけです。

ここには「新たな顧客価値」の創出という決定的なポイントがあります。Netflixでは、次々にその顧客好みの映画やドラマがリコメンドされます。これにより、顧客は、「楽しい時間を過ごす」という高い価値を体験することができます。給与計算をしたからといって、請求書を自動発行したからといって、こんな顧客価値は生み出せません。ここにDXとIT化の決定的な違いがあります。顧客の変化をデータで刻々に捉え、それをAI等で分析し、アプリなどを通して常に高い価値体験を顧客に提供する、ここにDXの決定的なポイントがあると思われます。

とすれば、新たな顧客価値を生み出せないのであれば、そもそもDXはできなことになります。DXの推進とともに、常に同時に新たな顧客価値の創出を進めていくことが不可欠なのです。

誤解のないように言っておきますと、わたしはIT化が悪いと言っているのではありません。IT化がまだ十分にできていないのであれば、ともかくIT化を推進すべきです。PCR検査のFAX問題のように、アナログで非効率なところはIT化を進めて生産性上げなければなりません。それは絶対に必要なことです。ただ、それをわざわざDXと呼ぶ必要はないということです。なぜなら、それをDXと呼んでしまうことにより、「新しい顧客価値を生み出す」というDXの焦点がぼやけてしまうからです。

やはり、企業は最終的には、いま市場にないような「新しい顧客価値」を生み出そうとするべきではないか。わたしはそう思います。


 


■執筆者プロフィール

清水 多津雄

 CPC 仕組み創造研究所 代表

 ITコーディネータ

 ITコーディネータ京都副理事長 事務局長

 同志社大学大学院修士課程修了 哲学専攻

 企業において二十数年間情報システムに携わり、ITマネジメント、特にIT戦略立案、IT企画、業務分析・設計、システム設計、プロジェクトマネジメント等に従事。その中で、価値創出の重要性を痛感。イノベーション方法論やフレームワークを研究。そこから「創発経営」を構想し、「中小企業にイノベーションを!」をビジョンに企業現場への展開を手掛けている。

  他方、現在もシステム理論を中心に哲学研究を続け、特に偶発性(contingency)と創発(emergence)に注目し、それをイノベーションの基礎理論として理解する試みを行っている。