日本におけるデジタルトランスフォーメーションの状況を考える / 池内 正晴

     1. はじめに

 約2年前に、このコラムで「Uberの事例からデジタルトランスフォーメーションについて考える」を執筆した。当時、DX(デジタルトランスフォーメーション)の先進事例と見られていたUberが、その後どうなったかを検証することにより、日本におけるDXの現状を考えてみたい。

 

2.Uberの自動車配車事業

 現在、Uberと聞けばUber Eatsを思い浮かべる人が大多数だと思うが、当時は旅客自動車運送用の自動車配車事業として日本での業務拡大を始めた頃であった。前回のコラムでも書いたが、Uberはタクシー事業者と競合関係であった米国などとは違い、日本では既存タクシー事業の配車システム高度化といった形でスタートした。日本では、法規制が厳しいため、旅客自動車運送事業を個人がマイカーを利用して行うことが不可能であり、既存事業者以外でなければサービスを提供することができなかったためである。個人タクシーとして開業することにより、個人が旅客自動車運送事業を行うといった方法もあるのだが、開業するためには試験に合格するだけではなく、既存事業者での10年以上の勤務経験など、非常に狭き門となっている。

 日本では、利用者の安全を守るためという大義名分のもと、このように非常に厳しい法規制となっているが、既存事業者の利権を守るためという考え方があることも否めない。そしてこれが、新しいビジネスモデルが出てくることに対する大きな足枷となっている。そのため、日本おけるUberの自動車配車事業は、2年前から大きな発展はできていない。

 

3.Uber Eatsの発展

 現在では、Uberの大きな看板事業となったフード注文・配達手配事業のUber Eatsについては、コロナ禍における外出自粛の社会背景もあって、近年急速に発展している。この事業も自動車の場合と同様に、Uberが注文を受けて直接配達業務を行うのではなく、スマートフォンなどを利用して受けた顧客からの注文を飲食店に伝えるとともに、個人事業者である配達員の手配を行うとともに、決済サービスを提供するビジネスである。

これまでもあった蕎麦屋などの出前については、自分の店の商品をその従業員が配達するということで、配達員は貨物自動車運送事業には該当しなかった。しかし、このUber Eatsの配達員は、依頼を受けて配達のみを行うという事業であるため、貨物自動車運送事業ということになる。

貨物自動車運送事業を行うためには、緑ナンバーと呼ばれる営業用のナンバープレートを付けた自動車で事業を行う必要がある。この緑ナンバーを取得するためには、旅客自動車運送事業の認可を受けるほどではないが、5台以上の車両保有や運行管理者の設置など、かなり厳しい条件をクリアする必要があり、個人での取得はほぼ不可能である。個人事業者向けに軽自動車や二輪車を使用して事業を行う、貨物軽自動車運送事業(赤帽やバイク便などが該当)であれば、比較的容易に行うことができるが、学生などが手軽にできるレベルのものではない。

このような規制があると、Uber Eatsの配達事業を個人で行うことは、非常に困難であると思われるが、前述の貨物自動車運送事業などの法規制は自動車が対象とされており、自転車および法律上は原動機付き自転車と分類される125cc以下の二輪車は、この法規制の対象にはならないのである。すなわち、自転車や125cc以下の二輪車を使用すれば、法規制を受けることなく、貨物運送事業を行えるのである。

この、いわゆる法の抜け穴を利用することにより、学生などが気軽にUber Eatsの配達員(正しくは配達業務を請け負う者)になれるのである。法規制を受けないということは、自由にできて良いと思われるかもしれないが、反面として権利・義務や責任関係などが明確に規定されていない。そのため、事故やトラブルが発生した場合などは、解決するための対応が難航したり、大きな不利益を被る可能性も高いのである。

 

      4.日本でDXが進んでいくためには

 今回は、運送事業について内容が中心であったが、他の業界においても同様の事例が多くあると考えられる。これまでの日本においては、企業や団体に対する許認可を中心に法規制が整備されていることが多い。DXによって社会が変わっていくためには、既存のビジネスモデルが大きく変革していくのは必然であるが、許認可中心の施策であっては、従来のモデルでビジネスを行っている既存事業者が圧倒的有利な立場となり、新しいビジネスが台頭してくる力を抑える方向に働いてしまう事例が非常に多い。

 もちろん運輸事業者などは安全第一であり、利用者の安全を重視するための規制をなくすことはできない。しかし、今回のように新しいビジネスが法体系の抜け穴を探して普及していくようなことになれば、結果として安全性を担保できない。

 また、ビジネスモデルの変革と合わせて、人々の働き方も大きく変わってきており、これについても社会の仕組みが追い付いていない部分が増えてきている。これまでの日本では労働者保護の施策として、労災保険や最低賃金などの各種制度があるが、これらのほとんどは企業等に雇用されることを前提とされているため、このUberの配達員には適用されないものが大半である。

日本の国としてもDXの流れを進めるべく、デジタル庁の設置などが進められている。しかし、DXは国が主導して進められるようなものではなく、産業界が次々と新しいことにチャレンジすることにより切磋琢磨されるからこそDXが進んでいくのではないであろうか。国の役割としては、DXが進むことにより社会構造が大きく変化していくことに対して、法制度を大きく変化させていくことが、非常に重要な役割であるので、それに徹するぐらいの動きが良いのではないかと考える。もちろん、行政サービス自身のDXは国として積極的に進めてもらう必要はあるが。

 


■執筆者プロフィール

 池内 正晴(Masaharu Ikeuchi)

 学校法人聖パウロ学園

    光泉中学・高等学校

 ITコーディネータ 

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コメント: 1
  • #1

    岡田章江 (火曜日, 20 7月 2021 20:26)

    車椅子使用者がもっと日常的に、手軽に利用できるシステムも参入してくることを望みますね。